top of page

球面レンズ系における
近軸計算に基づく光線伝搬

近軸領域にある光線は、光学系の光軸に対してなす角 θ が非常に小さく、かつ、その経路がすべて光軸の直近を通る。このとき、θに関して以下の近似が成り立つ。

   sin θ = θ,  tan θ = θ,  cos θ =  1

そのため、近軸領域に限定することで光線追跡の計算は非常に簡便になり、光学系の骨格を把握する上で有益である。ここでは、その計算式の導出について示す。

尚、本ページの説明の流れは、岸川利郎『ユーザーエンジニアのための光学入門』[1]を参考にしている。 ただし、導出や記述は筆者が独自に再構成したものである。

目次:

本ページでは、以下の規則を前提として議論を進める。

​規則A: 符号規約

寸法表記については、付録:1次元ベクトルと角度における方向と符号の定義 に則り、上下方向は上向きを正、左右方向は右向きを正、回転方向は時計反対回りを正の向きとする。

規則B: 近軸領域の定義

本ページで扱う光線はすべて近軸光線とし、角度が十分小さいものとする。 即ち、角度をθとしたとき、以下の近似を適用する:

sin θ = θ,  tan θ = θ,  cos θ =  1

規則C: パラメータの表記(色分け)

各パラメータの色分けについては、(漸化式モデル中で)設定で与えられる量を青字、計算式で与えられる量を黒字とする。

・アッベの不変量の導出

物質の境界面(球面形状)を光線が透過するとき、近軸領域での光線を図示すると、以下のようになる。

(i) u > 0, u' > 0 のとき、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_228.png

​図1-1​

(ii) u > 0, u' < 0 のとき、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_229.png

​図1-2

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

​上図の各パラメータは以下のように定義される。

n: 境界面の入射前の材質の屈折率

n': 境界面の出射後の材質の屈折率

r: 境界面の曲率半径

u: 境界面への入射光線が中心軸と成す角度

u’: 境界面からの出射光線が中心軸と成す角度

i: 境界面への入射光と境界面の法線とが成す角度

i’: 境界面からの出射光と境界面の法線とが成す角度

φ: 境界面への光線の入射位置における法線と中心軸とが成す角度

h: 境界面へ入射する光線の中心軸に対する高さ

h’: 境界面から出射する光線の中心軸に対する高さ

s: 境界面への入射光が中心軸と交わる位置までの、境界面からの距離

s’: 境界面からの出射光が中心軸と交わる位置までの、境界面からの距離

​このとき、図1-1に示されている条件を式で表すと、以下のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_270.png

​また、図1-2に示されている条件を式で表すと、以下のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_271.png

(1)-①-1 と (1)-①-2 は、いずれも以下の同一の結果式に収束する。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_273.png

u と u' の符号の組み合わせは(i),(ii)以外にも存在するが、規則Aの符号規約に従えば、いずれの場合も同一の結果式へ収束する。

よって、どれか一つの符号の組み合わせに基づいた図のモデルで考えれば十分であることが言える。

また、スネルの法則より、近軸領域においては以下のことが言える。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_112.png

(1)-①’a,b,c,d、(1)-②より、以下に示すアッベの不変量が導出される。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_113.png

(1)-③(アッベの不変量)は、点 P から点 P′ に向かう光線の関係式であるが、この式には光線固有の量である u, u′, h が現れないことが分かる。また、s と s′ を定数として固定した場合、u, u′, h は界面での屈折条件 (1)-①′b を満たす限り、任意の値を取ることができる。したがって、近軸領域では、図 1-3 に示すように、点 P を通るどのような光線であっても、必ず点 P′ に向かうことになる。このことは、点 P と点 P′ が共役点の関係にあることを意味している。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_244.png

​図1-3

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

・ラグランジュの不変量の導出

元の系全体を、点O(境界面の球心)に対し回転させて、点Pが点Q、点P'が点Q'に移ったとき、点Qと点Q'も共役関係にあるが、このとき、境界面は系全体を回転させる前後で全く変わっていないことから、系全体を回転させる前における点Qと点Q'もまた共役関係であることが言える。

 ここで、近軸領域においては円弧PQ、円弧P'Q'はそれぞれ中心軸に対し垂直な直線と見做せるので、PQベクトル、P'Q'ベクトルは中心軸に対し垂直なベクトルとして扱うことができる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_231.png

図2-1

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

上図の各パラメータについて、図1-1,図1-2で示したものについては踏襲し、新規のものは以下のように定義する。

y:物体高

y’:像高

ω:物体高 y から、境界面と光軸の交点に向かう光線の角度

ω’:境界面と光軸の交点から、像高 y' に向かう光線の角度

​このとき、図に示されている条件を式で表すと、以下のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_230.png

また、スネルの法則より、近軸領域においては以下のことが言える。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_117.png

(2)-①a,b,c、(2)-②より、以下の関係式が得られる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_118.png

この関係式は、ラグランジュの不変量、または、ヘルムホルツ・ラグランジュの不変量と呼ばれている。

・近軸計算の漸化式と行列表記

1.境界面における入射光と出射光の変換関係

第0面(物体面)、第1面、第2面、…、第 j 面、…、第 k 面(像面)まで順に光線が通る系を考える。ここで、各面は球面形状とする(平面は曲率半径無限大で与える)。このとき、第 j 面を通る前後において近軸領域での光線を図示すると、以下のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_290.png

図3-1

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

各パラメータの j の添え字は、第 j 番目の境界面を意味する。

​上図の各パラメータについては、図1-1,図1-2に示したものを踏襲する。

まず、(1)-①'a,bより、第j面において以下のことが言える。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_274.png

また、(1)-③(アッベの不変量)より、第j面において以下のことも言える。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_252.png

(3)-①,②より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_253.png

ここで、以下のように置く。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_254.png

これを適用すると、(3)-②’は以下のように表される。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_255.png

(3)-①aと(3)-②''を行列を用いて表すと、以下のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_291.png

界面では光線の高さは変化せず、角度のみが屈折によって変化する。この屈折関係を表す行列を Sj で表し、界面行列と呼ぶ。

2.境界面間における光線伝搬の理論的記述

次に、第j面と第j+1面の関係を図示すると、以下のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_262.png

図3-2

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

​上図の各パラメータについて、図1-1,図1-2, 図3-1で示したものについては踏襲し、新規のものは以下のように定義する。

Lj: 第1面から第j面までの距離

dj: 第j面から第j+1面までの距離

また、図3-2より以下のことが言える。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_264.png

ここで、(3)-⑤aに(3)-③bを適用すると、以下のように表される。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_265.png

(3)-⑤b、 (3)-③a,b、n'j=nj+1 より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_269.png

(3)-⑤a' (3)-⑤b'を行列を用いて表すと以下のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_292.png

第 j 面を通過した光線は、次の第 j+1 面に到達するまでの間、角度は変化せず、高さのみが伝搬によって変化する。この伝搬を表す行列をTjで表し、空間伝搬行列と呼ぶ。

3.光線伝搬の行列表現

光線の伝搬を、光線の高さと角度を状態量として追跡し、行列形式で記述する。こうすることで光学系の挙動を統一的かつ簡潔に扱える。

ここで、界面行列 ( (3)-④a ) と空間伝搬行列 ( (3)-⑥a ) の積を、以下のように置く。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_293.png

これを適用すると、(3)-④、(3)-⑥は以下のように表される。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_294.png

また、(3)-④a, (3)-⑥a, (3)-⑦a の逆行列は以下のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_295.png

これを用いると、逆方向の光線伝搬を以下のように表すことができる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_296.png

4.光学系におけるラグランジュ不変量の普遍性

​図3-1と、(2)-③(ラグランジュの不変量)より、第 j 面において以下のことが言える。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_299.png

ここで、図3-2に示すように、n'j=nj+1, u'j=uj+1, y'j=yj+1 であるから、以下のことも言える。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_300.png

​(3)-⑦,⑧より、以下のことが言えるので、ラグランジュの不変量は物体面から像面の間の全ての面において成り立つ量であることが言える。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_301.png

・近軸計算による光学系パラメータの導出

光学系パラメータを、下図に示す各光線の追跡から求めていく。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_281.png

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

近軸領域では、本来「角度」や「光線高さ」は微小量として扱われる。しかし、光学系パラメータの計算過程では、これらを必ずしも微小量に限定する必要はなく、任意のスケールへと拡張して扱うことができる。
そこで、軸上近軸追跡では主点位置での光線高さを 1 に、主光線近軸追跡では物体高と主点が成す角度を –1 となるように規格化し、解析を簡潔かつ統一的に行えるようにする。

ここでは、各パラメータの添え字(以下の「*」の箇所)を変えることで、各光線を区別することとする。

  • (3)-④, (3)-⑥', (3)-④', (3)-⑥''より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_235.png
近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_236.png
  • (3)-①、(3)-③より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_204.png
  • (3)-③、(3)-⑩より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_278.png

また、図中のレンズ全長 TL は、(3)-⑤c で定義される Lj を用いて、以下のように表すことができる。

近軸領域におけるレ�ンズ系の光線追跡_288.png

(i) 前面からの平行光入射

​ここでは、焦点距離 f 、後側主点距離 HD' を求める。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_284.png

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

(4)-①a,bより、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_237.png

uF',1 = 0, hF',1 = 1 より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_238.png

(4)-②cより、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_184.png

よって、図から得られる関係式に、(4)-④a'と(4)-④bを適用することで、焦点距離 f と後側主点距離 HD' を得ることができる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_185.png
近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_186.png

(ii) 後面からの平行光入射(逆向き)

ここでは、焦点距離 f 、前側主点距離 HD を求める。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_285.png

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

(4)-①a',b'より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_239.png

u'F,k = 0, h'F,k = -1 より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_189.png

(4)-②cより、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_190.png

よって、図から得られる関係式に、(4)-⑤a'と(4)-⑤bを適用することで、焦点距離 f と前側主点距離 HD を得ることができる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_191.png
近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_192.png

​次に、下図で定義される主点間距離HH'を求める。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_282.png

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

図より、これまでに求めたTL、HD、HD’を用いて、主点間距離HH'を以下のように求めることができる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_283.png

(iii) 軸上近軸追跡

ここでは、バックフォーカス BF、倍率 β を求める。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_286.png

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

図より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_194.png
近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_195.png

これらを適用し、(4)-①a,bより、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_240.png

よって、(4)-②c,d より得られる以下の式に、(4)-⑥a,b,cを適用を適用することで、バックフォーカス BF と倍率 β を得ることができる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_198.png

(iv) 主光線近軸追跡

ここでは、倍率 β、射出瞳位置 XP を求める。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_287.png

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

図より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_200.png
近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_201.png

よって、(4)-⑥eで求めた倍率βは、以下の方法でも計算することができる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_202.png

また、図より、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_203.png
近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_205.png

これらを適用し、(4)-①a,bより、

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_241.png

よって、(4)-②c より得られる以下の式に、(4)-⑦d,e,f を適用することで、射出瞳位置 XP を得ることができる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_207.png
  • 計算フォーマット

これまで示した、近軸光線追跡を用いた光学系パラメータ計算の Excel フォーマットを以下に掲載する。

・具体例:単レンズの焦点距離の計算式(レンズメーカーの公式)

​ここでは、近軸計算の式から単レンズの焦点距離の計算式の導出を行う。材質の屈折率n、第1面と第2面の曲率半径がそれぞれr1r2、中心厚をdとし、これらを近軸計算のモデルに当てはめると、下図のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_208.png

※規則A(符号規約)、規則B(近軸領域の定義)、規則C(パラメータの色の区別)を適用

(4)-4a'に図中の各パラメータ値( n1=n'2=1, n'1=n2=n, d1=d)を適用すると、以下が得られる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_214.png

(5)-①を計算すると、以下のようになる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_212.png

よって、(4)-④b,cから得られる以下の式に、(5)-②、n'2=1 を適用すると、以下の焦点距離・バックフォーカスの関係式が得られる。

近軸領域におけるレンズ系の光線追跡_213.png

​得られた(5)-③aは、レンズメーカーの公式と呼ばれている。

  • ​関連トピック

スネルの法則は、以下のフレネルの公式を導く途中、(4)-⑦-2 と (5)-⑦-2 の段階で現れる結果として導かれる。

球面レンズ系の光線伝播を議論してきたが、理想レンズ系との対応については、以下を参照するとよい。

  • ​参考文献

[1] 岸川利郎『ユーザーエンジニアのための光学入門』オプトロニクス社  

  • ​更新履歴

  • 2026-07:  後半部を大幅に内容拡充

  • 2026-04:  前半部の流れを大幅整理

  • 2025-10:  新規公開

bottom of page